アダムは神である

初めに
 かなり以前、私が熱心なモルモンだった時、確か森山諭師の著作であったと思いますが、「モルモン教はアダムが神であると教えている」と書かれていたのを読んだ事があります。その時、私は「言うに事欠いてなんてでたらめを書くのだろう」と思ったものでした。クリスチャンでなくても、聖書を全く読んだことがない人でも、アダムを作ったのは神であることくらいは知っています。アダムと神がイコールになると言うことは矛盾を通り越して、荒唐無稽でありえない話と感じるのが当然でしょう。
 モルモン教徒としても実際、多妻婚や人種差別の事実は過去にあったこととして教えられ、一定の反論を習ってはいました。ところがアダムは神であったということは全く教えられてもいませんでした。この暴露には一顧だにする価値がないと思われたのでした。
 ところが、モルモンを脱会しモルモンの教義の本当の所を調べて行くと、「アダムが神である」という教義は実際あったという事を知る事になりました。
 今回英文ではありますが、ようやくしっかりした文献、資料を得ることが出来ました。
 教団がまんまと葬り去ったと思っている「アダムが神である」と言う教義に息を吹き込んで生き返ってもらいましょう。

誰が言い出したか
 この「アダムが神である」というのはブリガム・ヤングが言い始めた教義です。まず最初の資料です。1852年4月9日にブリガム・ヤングはこの神アダムの教義を公に説教して、キリスト教界を愕然とさせました。

 「おお!この地球の住人よ。ユダヤ人、異邦人、そして罪人よ!さあ聞け!私達の父アダムがエデンの園にやって来た時、彼は完全な肉体を持ち、妻達のひとりであるエバを連れてやって来た。彼はこの世界を創造する助けを行っていた。彼は聖人達に記され、語られた第一の天使(Arch-Angel)ミカエル、日の老いたる者(ANCIENT OF DAYS)であった。彼は私達の父であり、私達の神であり、私達が共に行動すべき唯一の神であった。クリスチャンであると公言するしないに関わらず全ての地上の人はこれを聞かねばならない。そして、遅かれ早かれ知ることになるであろう。地球は3つの異なる神格によって創造されたのである。それは即ち、エロヒム、エホバ、そしてミカエルである。これらの御三方は天の肉体を持つと言うことでひとつの定員会をなしている。そして、元素の創造にあっては、父と子と聖霊という創造主を完全に代表していたのである」(Journal of Discourses vol.1 P50-51)

 ここで、ヤングは「アダムは神である」と言う事を「アダムは天父なる神である」と言っているのではなく、「アダムは御子イエス・キリストや聖霊と同等の神格を持っていた」と意味で言っています。元々、モルモンの教義はアダムをかなり高い位置においています。アダムの堕落は、先に知恵の木の実を食べたエバの楽園追放を見越して、人類を生むための正しい選択だったと教えており、その偉大で懸命な選択無しには「救いの計画の始まりはなかった」と教えるのです。
 しかし、
ヤングはアダムが神格を持っていたという段階から進んで、「アダムはイエス・キリストの父なる神である」と言い始めます
 1852年4月9日モルモンタバナクルでの説教です。

 「処女マリアが子イエスを妊娠した時、その父は彼自身に似た者として身篭らせた。彼は聖霊によって受肉したのではなかった。では、彼の父は誰だったのか。彼は人類と言う家族の最初の人であった。私達の長男であるイエスはエデンの園にいた同じ資質を持つものによって受肉したのである。そして彼は私達の天父なのである」(Journal of Discourses,vol1 p50-51)

 また、4代目大管長のウイルフォード・ウッドラッフの日記もこの教義の存在を裏付けます。

  「彼(ブリガム・ヤング)は言った『私達の神はアダムである』と。『彼は救い主の父であった−私達の神はアダム以外何者でもない』」(1854年2月19日)
 「ブリガム・ヤング大管長が言った『アダムは第一の天使ミカエルであり、そして彼はイエス・キリストの父であり、私達の神である。そしてそれはジョセフが***この原則である』」(1869年12月16日:***部分は判読不能)

 ブリガム・ヤングは1877年に死去するのですが、それまでこの教義を述べ続けています。1873年6月14日のDeseret Evening Newsに以下の記事があります。

  「私が示したこと、その神から私に示された特定の教義について一体どれ程の不信仰がLDSの中に存在するのだろうか。その教義とは即ちアダムが私達の父であり、神であると言う事だ。我々の父アダムはこの地球を作る手助けをした。そして彼は彼と一緒に妻達のひとりを連れて来たのだ。その時に彼は言った『私は、霊の世界にいた私の子供達がここにやって来て住む事を望んだ。私は過去に地球やそれに関する様々なことについて長々と説明をして来たし、それはほとんど決定的なものであった。私は霊の世界で私から生まれた子供達がここにやって来て彼らの霊が自分自身のものである仮住まいとしての肉体を得ることを望んだ』と。この何処に不思議があると言うのだ」(Journal of Discourses,vol1 p50-51)

 ヤングの最晩年の1877年2月7日のL.John Nuttalの日記にはこう記録されています。

 「7日水曜・・・ヤング管長は御霊に満たされ啓示によって語った。『父アダムの正統な嗣子である最年長の子(救い主イエス)は父アダムによる最初に霊の世界で生まれた子であった。彼の持っていた神性で彼は霊の世界に帰り、そしてマリアの霊の中に入り彼女は妊娠したのだ・・・』」

 ここで、ヤングの説く「神であるアダム」を整理しましょう。
 最初アダムはモルモンで言う、イエスや聖霊と並んだ神格を持つ存在であると説かれていた。やがて、アダムは天の父と同じであると説明されています。神はイエス・キリストが2000年前の来たように、世の最初に人としてやって来たわけです。霊の子を前世で創造したように、アダムは最初の人として肉体においても人類の創造を始め、文字通り父なる神になったいう事なのでしょう。
創世記のエデンの園の描写は「アダム=父なる神」のひとり芝居なのでしょうか

オルソン・プラットの反発
 ところが、さすがにこの「アダムが神である」の教義はモルモン内にも抵抗を生みました。Caffall長老と言う懐疑的な人物がいたようで、ブリガム・ヤングは彼の事を引き合いに出しています。(Letter-Day Saints' MllennialStar,vol16 p534)

 「Caffall長老とその他の方々によって不満が漏らされている教義の条項、アダムが私達の父であり神であると言う事の点に関して、私は君達自身を悩ませることはないと申し上げたい。Caffall長老が気付いた時には、その異議のせいで彼を取り除くために、教会のドアで待っている者がいるだろう。こう言っておこう。予言者で使徒であるブリガム・ヤングがそれを明確にしたのであり、それは主の言葉なのである」

 つまり、この教義に疑いを挟むものには破門などの相応の処分があると言うのです。
 また先にあげたウイルフォード・ウッドラッフの日記には

 (オルソン・プラット)はアダムが私達の神あるいはイエス・キリストの父であることを信じられなかった。−ヤング大管長は『彼は***と言った。』」(1854年9月17日:***部分は判読不能)

 オルソン・プラットはこの教義に異論があり数年に渡ってブリガム・ヤングと議論を重ねたようです。ヤングはオルソンを論破するために「アダムが神である」という教義はジョセフ・スミスから聞いていたと言ったようです。立場的にはヤングが大管長であったとは言え、ジョセフの元で同じ釜の飯を食った同志としてはオルソンのも譲れない線があったのでしょう。オルソンはジョセフの受けた啓示と「アダムが神である」という教義は真っ向から対立すると、譲りませんでした。ヤングは「神から教義を訂正し教え、誤りから守るのは私の職務だ」と開き直ります。結局、ヤングは大管長予言者の権限で彼の意見を封じ込めてしまうのですが、この頃オルソンは破門の一歩手前でした。ウッドラッフの1856年12月29日の日記には

 「ヤング大管長はオルソン・プラットについて注意を払っていた。そして言っていたのは、もし原理に違った進路を取るのなら・・・彼は長くは教会に留まれないだろうと」

 また、ヤングの刎頚の友ヒーバー・C・キンボールも以下のような威嚇をし、オルソンを追い込んだのでした。

 「君の立場を考えたまえ。君はヤング大管長の教え導きを受けた。そして彼の教導は神から来た言葉であって、私は知っている。彼の証言、彼の送って来た証言とを拒絶する教会の全ての男女は彼の父であり神の証言を拒絶することになるのだと言う事を。私はそれを今日君と顔を合わせてみるように明確に知っているのだ」(Journal of Discourses,4:2)

 オルソンは破門を免れたものの、合衆国東部地区の伝道の召しを受けソルトレーク、ユタを離れることになってしまったのです。
 そんなうっとおしいオルソンを左遷しても、ヤングたちの心が休まることはありませんでした。この度は
RLDS(復元教会)が批判の声を上げたのでした。やはりジョセフを予言者として信じるRLDSにはジョセフがそのような教義を教えはいないことを明確に否定しておきたかったわけです。
 もちろんモルモン教側はこれをまともに取り合うことはありませんでした。この点については機会があればまた調べて見たいと思います。

教義のもみ消し
 ブリガム・ヤングの死後もこの「アダムが神である」との教義をモルモン指導者は信じ続けたようですが、やがてもみ消し葬り去られるようになって行きました。確かに教義と言っても全く根拠も論理も不安定なものでしたし、そのような教義を標榜したままで、ユタの盆地から進出し、会員を増加させて行くことは不可能でした。全くこの教義はありがたくない遺産でした。
 ブリガム・ヤングは「アダムが神である」との教義を信じないものは教会から取り除かれると警告していましたが、
時代は変わってこの教義を信じるの者の方が実質的破門に処せられるという逆転現象が生まれました。
 しかし、真実を知る研究者は動かぬ証拠(資料)を手に教団を批判し続けます。教団側も何らかの反論をする必要が生まれて来ました。
 大管長ジョセフ・フィールデング・スミスはこの教義について以下の説明を加えています。説明と言うよりも言い訳と言うのが適切です。

アダムは神であるとする説の出所
 十中八九間違って書き写されたものと思われるが,プリガム・ヤング大管長は次のように言ったと言われる。
(先のJournal of Discourses の記事を引用)

エロヒム,エホバ,ミカエルの関係
 
これを引用した教会の敵がもし誠実でありたいと望むなら,ブリガム・ヤング大管長がはっきりアダムは天使長ミカエルであり日の老いたる者であると宣言したことを認めないわけにはいかないだろう。これはアダムが私たちの礼拝する神エロヒム,イエス・キリストの父なる神ではないことを明確に示している。
 更にヤング大管長はアダムが地球の創造を助けたと言っている。もし助けたとするなら,彼は誰か上位の者に従属していたのである。同じ説教の別の箇所でヤング大管長は次のように言っている。「地球が3人の別々の人,すなわちエロヒム,エホバ,ミカエルによって組織されたことは事実である。」ここで彼はアダムすなわちミカエルを3番目に置いている。言い換えれば3人の中で最も低位に置いている。ヤング大管長はこのことを完全に理解していた。私たちはミカエルとして知られていたアダムがこの世の造られる前に天で権能を持っていたと信じている。彼は御父と御子のみ前に住み,聖典がはっきり示しているように御二方の指示に従っていた」(『救いの教義:邦文』 第1巻P92-93)

 ジョセフ・フィールディング・スミスはほとんど一章を裂いてこの教義が誤解、あるいは敵の悪意に基づく解釈であると言うのです。同書では他にも様々な反論を加えていますが、ここまでの内容をまとめると・・・。

     1)引用箇所は写し間違い
     2)アダムは父なる神ではない
     3)ミカエル(アダム)は3番目に述べられていて、もっとも低位であり   上位の神格に指示に従っただけであった

    と言うことです。

 1)に関しては原文が残されており、ありえません。この予言者は元資料をちゃんとチェックして反論をすることもしないようです。
 2)に関しては丁寧に読めばわかることです。この説教だけを取り上げれば、ヤングはアダムを天の父とは言ってはいないのです。別のひとつの神格と述べているのです。
 3)は指示に従うから神格がないと言うのであれば、エホバ(モルモン・イエス)にも神格がなくなるでしょう。また3番目であるから神格がないと言うなら聖霊もそうでしょう。論理的にも反論になっていません。
 
ヤングが「アダムが神である」との教義を述べたのはフィールデング・スミスが引用したこの一箇所のみではないことは別の資料でも明らかになっているのです。
他の使徒たちも反論を行っています。使徒ジョン・A・ウイッツォーはこう言っています。

 「正真正銘個人的な見解であったが、ヤング大管長がアダムが神であり父であることをほのめかした不合理な結論を大事に育てている者がいる。散々議論されて来たブリガム・ヤングの説明したことはこうである。『イエスはエデンの園の中にいた同じ資質の肉体を持つものによって受肉した。そしてそれは天の父であった』と。教会の敵やおろかな人々は、モルモンがイエス・キリストがアダムによって受肉したと大げさに言いふらしている」(Evidences and Reconciliations,vol1 p56)

 「個人的な見解」「敵の仕業」「都合のいい箇所だけの引用」将にモルモンのお決まり、お約束の言い訳です。(この手法はカルト全般が使うものです)こうして神アダムの教義は「元々公式にはなく、あってもヤングの個人的な見解であって、しかも教会の敵による捏造である」ということで決着をつけようとしているわけです。
 しかし、時に本音がこぼれます。1980年6月1日、使徒ブルース・R・マッコンキーはブリガムヤング大学マリオットセンターでの談話で以下のように率直に語っています。

 「ブリガム・ヤングが主張した神に関する啓示は悪魔によるものだ。アダムが私達の父であり神であると信じている者達、あるいは信じていると言うものたちは悪魔がこの反論を続けさせているのである。それは全く救いの計画に対立している。神殿のエンダウメントを受け尚も神アダムの理論を信じているものは救われる価値はないのである」

 マッコンキーはジョセフ・フィールディング・スミスがヤングが「書き間違い」「そうしたことを意味していないのに『敵』がそう主張して自分達を貶めようとしている」と主張していると言う事を暗に否定しています。むしろ、教団内部にいまだにこの教義を信じ続ける信徒がいることを示しているのです。

マッコンキーの本音
 マッコンキーはマリオットの説教の他にも明確にヤングの教義は悪魔の教えであったと言い切っています。モルモン文学協会の元会長(the Association for Mormon Letters)で、ブリガムヤング大学の英語の教授であったユージーン・イングランドに1981年2月19日彼は手紙を送っているのです。
 この
手紙のコピー資料をChellenge Ministriesの作成した対モルモンのパンフレットから入手しています。原文には「DO NOT REPRODUCE」(複製禁止)とのスタンプが押してあります。よほど教団には流出されると困る資料のようです。以下がその手紙の抄訳です。

 「これはあなたが今まで受け取りこれからも受け取るであろう手紙の中でもっとも重要なものになるかも知れない。私はあなたに私が友情の手を伸ばしている事を知って欲しい、そして『判決の笏』も持っていることを知って欲しい。・・・
 私は1980年6月1日複数のステークの合同ファイヤサイドで私は話をした。その時に私はこう述べた。『アダムが我々の神であり、私たち霊と肉の父であり、私たちが礼拝すべきひとりである神だと告白する人々がいる』と。私はもちろんこの教義が完全に不合理であることを述べ、それが全体的には誤りであったと話した。・・・ブリガム・ヤングとその他の人の見解を詳しく語るOgden Krautその他のカルト的な信者から私は激しい反発を受けたことがある。・・・彼らは、私が先に述べたようなアダムについて誤った見解について隠しようのない明白な引用文書箇所を持っていた。その引用箇所は私たちの文献中にあり、破門された多くのカルト的な信者が従っていた礼拝の基本的なものがその由来だった。もちろん、私はあなたが引用したブリガム・ヤングとその他の初期の兄弟達が言った、神は知識において進歩している事が書き示された資料も受け取った。・・・
 さて、私はあなたの指導と教化とについて少々申し上げたい。・・・あいにく私はブリガム・ヤングを賞賛する者であり、彼の教義解説を信じる者である。彼は神に召されていた。彼は一般的に教えるにあたっては聖霊に導かれていた。彼は偉大な予言者であった。彼は主がその民を導こうと思うその方法を持ってイスラエルを導いた。・・・彼はその勤めを完成し「永遠の進歩」に進んだ。にも関わらず、ジョセフ・スミスがあれだけ明白に教えたように、予言者はいつでも予言者ではないのだ。予言者も人間であり、彼らも時に誤りを犯すのだ。時には彼らは教義においても間違いをしでかすのである。
 そうだ、ヤング管長は確かにアダムが私たちの霊の父であると教えていた。そしてカルト的な連中によってこうした全てはヤング管長によって生じたものとして関連付けられてしまったのだ。・・・彼は福音の調和からは外れた見解を述べていた。しかし、既に知られたようにブリガム・ヤングはまた事実、確かに永遠の計画とそれに関するアダムの使命と立場を教えたのである。私が言いたいところはこうである「ブリガム・ヤングはブリガム・ヤングを否定するのである。そしてそうした問題も私たちが信じるブリガム・ヤングの一面である」ということだ。答えは一般的な研究から教えられる事で表されたことを私たちは信じようと言うことだ。・・・
 私や私の家族でさえ、数人が教えにおいて分かれていたならそれから選択するという健全な考えを持っている。・・・私は主の意思の全てを知る者ではない。しかし、私は、語られて教会外に流出した誤った教義を主がそのまま許されたということも確かに知っている。もし、私たちが誤った教義を信じれば非難されるだろう。もし、そうした信仰が基本的原理的なものであったなら、それは私たちを道からそれるように導くであろうし、私たちは命を失うであろう。・・・
 原理的、基本的な点で誤った教義を教える人もその人は命を失うだろう。神の存在とその在り様は原理的なものである。私は、ブリガム・ヤングは救いの計画における神の存在と在り様、アダムの関係についての説教の中で誤りがあったと申し述べた。そして私は、彼はその実績ゆえに偉大な予言者であり、永遠の祝福を受けたのだとも申し述べた。だが、彼のしたこと全てが私たちの模範ではない。もし、私たちが彼の教義の間違った一部を信じ教える事を選択するなら、それは私たちが地獄に行くことを選択することになるのである。・・・
 あなたはこの神の進歩の問題についてファイヤサイドであれ他の何処であれ話する事をやめるべきである。教会にその教義の何たるかを教えるのは私の職分である。私が言ったことをそのまま広めるか、あるいは沈黙を守るかがあなたの職分である。私や私の兄弟である使徒を是正するという職責を神はあなたに与えていない。・・・教会の頭である私や私の兄弟には「標準的教え」に調和を与える義務があるのである。・・・あなたの場合はもしあなたが誤った教義のいくつかを選び出してそれをあなたの哲学の中心に置き最後まで間違ったままであるなら命を失うのである。
 だから、私はあなたが熟考し、祈り、基本的原理的事項を理解する事、そしてあなたやあなたの兄弟達の間にあるその教義については沈黙を守る事を望む。これは安全であるためでもある。私はあなたに実行する事を助言する。もしそうしないと行く手には危険が立ちふさがっているからだ。・・・私はこの度はあなたになれなれしく口を効き、こんなふうになってしまったが、もしあなたが私の忠告を受け入れないのなら証言者があなたに対立するようになるだろう」

 文面から判断してイングランドはおそらくこの「アダムが神であった」と言う教義をなかったと確信していたようです。そして彼は教団内外の批判者に対して彼の立場で彼なりの論陣を張っていたようです。一方の使徒マッコンキーもこのヤングのとんでもない遺産に手を焼いていたようです。しかし、イングランドの熱心な擁護論はマッコンキーにとってもうっとおしいものでした。というのは、マッコンキー達教団上層部はこの教義が実在することを既に知っていたからです。イングランドが無知なまま暴走を続けると、教団も逃げ場がなくなってしまう恐れがあったからです。
 そこで、
マッコンキーはイングランドに対して「この教義は確かにあったこと」しかし「全体的には誤り」と率直に述べざるを得なかったのです。また、この根拠に挙げられた資料も教会の文書であり真正だとも認ています。
 しかし、予言者も人間であり間違うこともあると述べ、予言者の教えが正しいかどうかは個々で判断しないといけないと言っています。この教義はヤングの個人的な間違いの中に埋めてしまいようです。しかし、そう言いながらも、イングランドの判断を待たず、
マッコンキーはイングランドには使徒たちなど教会のトップにこの件に意見をする資格はなく、この問題に関しては「沈黙すべき」であると言っています。また、彼は使徒として「判決の笏」を持っており、勧告に従わなければそれを行使せざるを得ない(破門など処罰を行う)と脅しを行っているのです。予言者の言葉の是非を幹部には進言できないが、自分については判断しろというのです。そして、それの判断が誤っていれば永遠の生命を失うというのですから、誠に勝手極まりない教えです。
 その内容は違うもののオルソン・プラットに対して行われた事がユージン・イングランドにも行われたわけです。

終わりに
 
こうした歴史上の出来事を見ていくと、モルモン教がとんでもない教義と傲慢で無知な指導者を捨てて健全な宗教に変わりうるきっかけが早くから何度もあったと言う事実です。教団はそれらに謙虚に耳を傾け、自己批判と反省を加えていれば、モルモン教も変わりえたことでしょう。しかし、みすみすそれらを見逃したがために、今ではすっかり嘘とごまかしで固まった宗教団体になってしまったのです。
そんなモルモン教の将来に残されたもの何でしょうか。そもそも将来があるのでしょうか。

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