イエスの死の時が聖書の記述と合わない

これは考察する立場からすれば、ありがたい事ですが、金版の記者たちは年代をかなり明確に記述しているようにジョセフは演出しています。
ところが、返ってそうした仕掛けのおかげで、モルモン書がインチキであるという動かぬ証拠がいくつも露呈してしまっているのですが、今回もそのひとつです。
イエスの死の時が聖書の記述と合わないという問題です。 モルモン書ではイエス・キリストの誕生と死の時に大きな奇跡が起きています。誕生の時には日が沈んでも世間が暗くならず、イエスの死の折には三日間の暗闇があたりを覆うというものでした。この暗闇の奇跡が起きた時の事です。
第三ニーファイの8:2〜5に

さて、わたしたちの時の計算についてこの人が間違いをしていなければ、(イエス誕生のしるしから)第三十三年が過ぎ去った。(略) さて、第三十四年一月四日に、全地でこれまでにまったく知られていないような大きな嵐が起こった。
( )内は私の補足

とあります。ユダヤの暦
このあと天変地異が三時間に渡って発生し、義人以外は全て殺され、三日間の闇を迎えるのです。(19節)

さて、問題はこの事が起こった一月(新年)についてです。挿絵(カラー聖書百科事典:いのちの言葉社)を見ていただきたいのですが、ヘブライでは新年の考え方にはふたつあるのです。第7の月「チスリの月」が「新年祭」として祝われたのですが、一年を数え始めるのは「ニサンの月」からでした。これは今の三月と四月からにあたります。 そして、この「ニサンの月」の14日の夕方に「過越しの祭」があるのです。
ご存知のように、 共観福音書によれば、イエスはその死の前に「過越しの祭」を弟子たちと伴に過ごされています。その食事の時に聖餐を定められ、イスカリオテのユダの裏切りがあったことはいまさら申し上げるまでもないでしょう。尚、ヨハネ伝によればさらにその死は一日はやくなります。
そこで、もしモルモン書の記述を信じれば、この14日の「過越しの祭」の10日ほども前にイエスの死が訪れてしまうのです。
まったく、お話にならないミスをジョセフはここでもしているのです。
なお、この時に限らず、極めて大切な「過越しの祭」の記述が全くモルモン書にはないという事を付記しておきます。

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