できるはずのない引用

ジョセフ・スミスがモルモン書で聖書を引用するのに常識はずれのミスを連発しているのは今まで述べてきた通りです。その一方で、ジョセフの時代には通用していた聖書の常識が聖書学の進歩によって変わってしまい、その事がモルモン書がインチキであるとの証明をしてしまっている例も挙げる事が出来ます。まさに、モルモン書はずたずたになっているのです。
ここではそのふたつを上げます。
すでに聖徒の未知「モルモン書」の真実にて紹介されていることですが、「第2イザヤ」の問題があります。聖書のイザヤ書は全てがイザヤ本人とその時代の他の記録者によるものではなく、時代を異にする3人の預言者の手によるものだと言うのが現代の聖書学の常識なのです。
ユダ王国のウジヤからヒゼキヤの時代に活躍したイザヤ本人自身の部分は1章から39章までで、40章から55章は別の名前の残されていない預言者のものなのです。便宜上「第2イザヤ」と呼ばれているこの預言者による内容はがバビロンからペルシャに覇権が移り行く時代を背景にしており、捕囚からの解放が語られています。つまり、この第2イザヤは捕囚中のバビロンで書かれているのです。
文体も39章までのイザヤ(第1イザヤと呼びます)とは多いに異なっています。第1イザヤは最初は語られ、その後に弟子か誰かによって文章化されているようですが、第2イザヤは最初から文章として書かれいるようです。文体は落ち着いていて格調高く熱情を内に秘めています。

ところで、モルモン書の物語、第1ニーファイ20章から21章でイザヤ書の48章から49章にあたる部分をニーファイが兄たちに真鍮版から読んで聞かせるシーンがあります。
先に述べた通り、イザヤ書のこの箇所は第2イザヤにあたります。バビロン捕囚前に作られている真鍮版では載っているはずもないのです。

 またもう一点、真鍮版には「モーセの5書があった」(第1ニーファイ5:11)ともあります。このモーセの5書自体も真鍮版の時代にはまだ存在していません。
モルモン教では保守的なlキリスト教派と同様にモーセ自身が旧約聖書の冒頭の5書を自ら書いたと信じています。しかし、現代聖書学の解明によるとこの5書は少なくとも4つの資料(J・P・E・D)がモザイクのように組みあわされて、時代を経て完成したものなのです。その完成はエズラの時代あたりが有力なのです。(詳しくは『旧約聖書を推理する』R・E・フリードマン著:海青社等参照)
真鍮版の時代には「モーセの5書」などは未だまとめられていなかったという事なのです

また、ついでに言っておくとモーセ5書という呼び方は近現代の呼び方であり、昔は総称して「律法」と呼んでいました。「モーセの5書」という言い方自体がモルモン書が偽物である証拠です。

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