イエスのニーファイ人への説教(1)

モルモン書のトンデモのハイライトはイエス・キリストのアメリカ大陸訪問です。
イエスが十字架の死から復活までの間に「もうひとつの囲いの羊」であるアメリカ大陸のニーファイ人たちを訪れたというのです。 ここで、イエスは民を集め、弟子を召し、説教をし、聖餐を分かつのです。
この説教はほとんど全てが福音書のコピーです。 つまり、イエスが各地を回って折節に語られた言葉がアメリカ大陸では一括で将に読み上げるように語られているのです。こんな雑駁な方法が事が救い主の本意とは思えないのですが、それはまた後日考えて行く事にします。
問題はこの時に語られた説教の中身にいくつものナンセンスとトンデモがあります。
ニーファイ人を前にイエスはこう語ります。

「まことに、まことにあなたに言う。あなたは最後の一セナインを支払らってしまうまで決してそこから出てくることはできない」(第三ニーファイ12:26)

これは聖書のこの個所を元ネタにしているのは言うまでもありません。

「はっきり言っておく最後の一クァドランス(コドラント)を返すまで、決してそこから出ることはできない」(マタイ5:26)
「言っておくが、最後の一レプトン(レプタ)を返すまで、決してそこから出ることはできない」(ルカ12:59)

モルモン書はひとまず置いておいて、福音書に見られるクァドランス・レプトンという貨幣の価値はどれほどのものだったのでしょうか。 クァドランスはローマの通貨で最小額のものです。1/4アサリオンにあたり。1/64デナリとなります。このデナリが自由農民の一日の賃金であり、ローマの兵卒も同額で雇われていました。
レプトンはユダヤの通過で最小のものです。価値はクァドランスの1/2です 。
イエスの時代パレスチナは「ローマ標準貨幣」「州貨幣」そして「ユダヤ貨幣」と
三種が流通していたのです。マタイ伝はローマの貨幣で、ルカ伝はユダヤの貨幣で「最後の一円まで」といっているのです。 2羽のスズメが1アサリオンで売られ、貧しい寡婦が宮の賽銭箱に入れたのが2レプトン(1クァドランス)と考えればいかにつつましい金額かが分かると思います。
ところで、もう一方の
モルモン書のセナインというのはどれほどの価値だったのでしょうか?

レプト銅貨
青銅のレプタ
(紀元6-9年)

アルマ書に大変明確な記事があります。

「また、さばきつかさは自分の働いた時間に応じて俸給を受けた。すなわち、一日については金1セナイン、または銀1セヌムを受けた」(アルマ11:3)

さばきつかさとはまさに官僚中の官僚であってその報酬は決して低いものではなかったはずです。 ちなみに同個所によればニーファイ人の最小の貨幣単位は1レアのようです。
また、通貨の単位としてはセヌム・セナイン・シュムとかなんと12もありかなり煩雑で非効率であったと思われます。三種の貨幣が混在していたイエスの時代のパレスチナでさえ、9つだったのです。

さて、イエスは同じ内容の事を、
かたやパレスチナの地ではそれこそ物乞いでもすればなんとかなりそうな最小の金額で例えていますが、かたやニーファイ人には立派な定職にあって一日勤めあげた上でようやく得ることが出来る日当で例えているのです。そんな事があるものでしょうか?
そのような金額に対して「最後の・・・」という表現をもちいるでしょうか?
そのようなことはありえないのです。
もし、モルモン書に書かれている事がイエスの言葉であれば、いやそうでなくても、聖書に精通している人物が常識的に書けば、ここは「1レア」とでも書いたはずなのです。このように
モルモン書にはまともな読者をなめたような記述がたくさんあります。

サイト「きまぐれな☆宿屋」内の「パロモル☆伝承」 イエスの説法もご覧下さい!!

参照:リアホナ9月号記事「モルモン書が真実の書物であることを示す証拠の増大」に対する反論 2.貨幣と発掘の現状

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