マラキの予言の支離滅裂(そのA)
 

別項で触れたとおりモルモン書ニーファイ第3書24章はマラキ書とほとんど同じ内容です。なぜ、(モルモンの)イエスがマラキの言葉を紹介したのでしょうか。イエスはこう述べています。 「あなたがたの持っていないこれらの聖文が、後の時代の人々に伝えられることは、父の知恵にかなっていたので、父は、これらの聖文をあなたがたに伝えるようにわたしに命じられた」(第3ニーファイ26:2) 真鍮版には載せられていない大切な言葉であるので天の父に命じられて伝えたというわけです。
 天の父(神であるエロヒム)からの命であることは24章1節でも述べています。この節を全文引用します。 

さて、イエスは、御自分がこれから告げる御言葉を書き記すように、彼らに命じられた。それは、御父がマラキに与えられた御言葉である。そして、それらの御言葉が書き記された後、イエスはそれを説き明かされた。イエスが彼らに告げられた御言葉は次のとおりである。「父はマラキに次のように言われた。『「見よ、わたしは使者を遣わす。彼はわたしの前に道を備える。あなたがたの求める主、すなわちあなたがたの喜ぶ聖約の使者は、突如主の神殿に来る。見よ、主は来る」と、万軍の主は言う

さて、じっくり読まれるとこの節には混乱があることがお分かりになると思います。
マラキに言葉を述べたのはイエスによれば「御父(天父:神:エロヒム)」という事になっています。ところが、マラキは「万軍の主」が言ったとなっているのです。(この「万軍の主は言う」という言葉は以下8回繰り返されています)万軍の主の主とはエホバのことで、エホバとはモルモン教義では旧約時代のイエスの名前です。
つまり、最初はエロヒムが語った言葉であったはずが、途中からエホバが言ったことになってしまっているのです。
さらに言うと、イエスはエホバ本人ですから、ニーファイ人に対しては「私が言った」あるいは「主である私が言った」と普通は表現するはずです。
一体本当に語ったのはどちらなのでしょうか?
当事者であるイエス自身が語ったり、それを書き記したはずなのにこの支離滅裂はなんのでしょう。
わずかなほころびのようですが、冷静に読めばモルモン書がインチキであるという決定的な証拠であることが分かります。 

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