おかしな聖書引用(タルシシュの船への反論)
 

モルモン書には英文聖書からの引用(欽定訳聖書)が多く用いられており、その点については研究者が厳しく指摘しているところです。つまり、欽定訳聖書を丸写ししたため、欽定訳の誤訳部分もそのまま写してしまっているという指摘です。モルモン書の記録者はラバンの真鍮版という旧約の聖書の諸書が刻まれたものを用いており、欽定訳と同じ誤訳が生まれる事はありえないはずなのです。つまり、モルモン書がインチキだという証明になっているのです。
具体的にどのような箇所がそうなのかはここでは述べません。また、別項を立てて検証します。
しかし、聖書の引用が常に欽定訳の丸写しであったわけではありません。ジョセフ・スミスはそれなりに書き加えたり、書き直したりされている箇所もあります。今回はその箇所のひとつを紹介しましょう。
第2ニーファイの12章の9節から16節を取り上げます。ここはリーハイの子ニーファイの弟ヤコブが民衆の前でイザヤ書を読んで聞かせるところです。該当する箇所はイザヤ書の2章9〜16節です。モルモン書と欽定訳を節ごとに並べます。
モルモン書の赤太字は欽定訳にない単語や文節です。かなりの書き足しがあることが分かるでしょう。
青字はモルモン書と欽定訳との単語の違いです。
モルモン書の斜体青字はモルモン書で欽定訳から欠落している単語、文節です。
最後にピンク色はモルモン書の初版本から変わっている単語です。(こんなものがあること自体がモルモン書が霊感で書かれた書物ではない事の証明です)
 

モルモン書

欽定訳聖書

And the mean man boweth not down, and the great man humbleth himself not, therefore, forgive him not.

And the mean man boweth down,
and the great man humbleth himself:
therefore forgive them not.

10

O ye wicked ones, enter into the rock, and hide thee in the dust, for the fear of the Lord and (for) the glory of his majesty shall smite thee.

Enter into the rock,
and hide thee in the dust,
for fear o
f the Lord,
and for the glory of his majesty.

11

And it shall come to pass that the lofty looks of man shall be humbled, and the haughtiness of men shall be bowed down, and the Lord alone shall be exalted in that day.

The lofty looks of man shall behumbled,
and the haughtiness of menshall be bowed down,
and the Lordalone shall be exalted in that day.

12

For the day of the Lord of Hosts soon cometh upon all nations, yea, upon every one; yea, upon the proud and lofty, and (shall be)upon every one who (初版モルモン書ではwhich)is lifted up, and he shall be brought low.

For the day of the Lord of hosts shall be upon every one that is proudand lofty,and upon every one that islifted up;and he shall be brought low:

13

Yea, and the day of the Lord shall come (And)upon all the cedars of Lebanon, for they are high and lifted up; and upon all the oaks of Bashan;

And upon all the cedars of Lebanon,
that are high and lifted up,
andupon all the oaks of Bashan,

14

And upon all the high mountains, and upon all the hills, and upon all the nations which are lifted up, and upon every people;

And upon all the high mountains
and upon all the hills that arelifted up,

15

And upon every high tower, and upon every fenced wall;

And upon every high tower,
and upon every fenced wall,

16

And upon all the ships of the sea, and upon all the ships of Tarshish, and upon all pleasant pictures.

And upon all the ships or Tashish,
and upon all pleasant pictures.


こうして見比べると、モルモン書のしていることは引用などというものではありません。イザヤ書を借用して勝手な思想を述べているのです。
しかし、モルモン教団は尚もモルモン書の記述こそが正しい、真実な書物であると強弁します。それは以下のようなものです。インスティチュート生徒用資料「モルモン経」からの引用です。

「また、海のすべての船、タルシシのすべての船、すべての好ましい景色 に臨む。」2ニーファイ12:16
モルモン書のこの部分はニーファイがイザヤ書から引用したものである。モルモン書には聖書の欽定訳にはない表現が加えられている。古代の七十人訳聖書(ギリシャ語版)は、モルモン書に加えられている表現と一致している。
 

 

モルモン書  and upon all the ships of the sea(海のすべての船)

 

欽定訳       ―――

 

七十人訳    and upon every ship of the sea   (海のすべての船)

 

 

 

モルモン書  and upon all the ships of Tarshish(タルシシのすべての船)

 

欽定訳       and upon all the ships of Tarshish(タルシシのすべての船)

 

七十人訳    ―――

 

 

 

モルモン書  and upon all pleasant pictures        (すべての好ましい景色)

 

欽定訳       and upon all pleasant pictures        (すべての好ましい景色)

 

七十人訳    and upon every view of ships of beauty(すべての美しい船の眺め)

 

モルモン書からわかることは、この節の原典には3つの文節が含まれており、しかもその3文節とも'and upon all'で始まっていることである。平凡な偶然によって、欽定訳では最初の1文節が欠落した。しかし、七十人訳では、欠落していなかった。ところが七十人訳では2番目の文節が欠落し、3番目の文節は原形を損なってしまったようである。モルモン書では3つの文節とも欠落がない。学者の中には、ジョセフ・スミスは七十人訳から最初の文節を引き写したのであると考えている人もいる。しかし、ジョセフ・スミスはギリシャ語がわからなかった。しかも、モルモン書を翻訳していた1829年から1830年にかけて、七十人訳を入手していた証拠もない。

上記のポイントを整理しましょう。「16節は3文節で出来ている」「欽定訳は『海のすべての船』 」という文節が欠落した」「七十人訳は『タルシシのすべての船』が欠落した」という3点です。
しかし、欠落を挙げるのであれば、ここより前の箇所全てを検証すべきでしょうが、それはしていません。このことでもこの説明の胡散臭さが分ろうというものです。
また、この論者はどうして七十人訳を引き合いにだすのでしょうか?七十人訳はヘブライ語からギリシャ語に翻訳さてたもので、さほど正確ではないのです。そして、それをわざわざ英語に訳しなおして比較に用いている事も理解に苦しみます。これはヘブライ原文を引いて説明するべきでしょう。実はそれが出来ない理由があるのです。以下にヘブライ語の同箇所を引きます。(ヘブライ語聖書対訳シリーズ20イザヤ書:ミルトス・ヘブライ文化研究所刊行)右から左に読んで下さい。

 ヘブライ語イザヤ2:16

ヘブライ語は2文節です。直訳すれば「そして全てのタルシシュの船、そして全て麗しく見える全て」となります。ところが、pleesant(見ること)をヘブライ語の最大の権威のひとつであるドイツ聖書協会はship(舟)と読み替えを提案しています。この考えで行くと「タルシシュの船と美しい小舟のすべてに 」(新共同訳)となるわけです。
また、「タルシシュの船」は貿易船で大型船をあらわす譬えとして使われているとも解釈できます。そうすると、七十人訳のような「海のすべての船、すべての美しい舟の眺め」と訳す事になるのです。
聖書には文節の欠落は全くありません。訳し方の違いに過ぎないのです。
なぜヘブライ語聖書を使って説明しないかがわかっていただけたと思います。普通に筋道立てて考察していけば。モルモン書がインチキであるという結論しかでないからなのです。強引な擁護論で見事に墓穴を掘ってしまっています。結局、このインスティチュートのモルモン書擁護は教団に都合の良い内容を探し出し、つまみ出して繋いで、それらしく作り上げた屁理屈に過ぎないのです。

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