コロンブス前にニワトリはいない

イエスがマタイ伝で以下の嘆きを述べています。

「エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、自分に遣わされた人々を石で打ち殺す者よ、めん鳥が雛を羽の下に集めるように、わたしはお前の子らを何度集めようとしたことか。だが、お前たちは応じようとしなかった。」(新共同訳 マタイ23:37 )

モルモン書でも同じような言葉をモルモン・イエスが語っています。これは、モルモン・イエスがアメリカに来臨する前に民衆を虐殺した後、暗闇の中の生き残った民衆に対して言う言葉です。

「おお、ヤコブの子孫であり、イスラエルの家に属する者である、崩れ落ちたこれらの大きな町の民よ。めんどり(注:英文ではhen)が羽の下にひなを集めるように、わたしはあなたがたを幾度集め、養ってきたことか。さらにまた、めんどりが羽の下にひなを集めるように、わたしはあなたがたを幾度集めようとしたことか。まことに、おお、罪を犯してきたイスラエルの家の民よ。まことに、おお、同じように罪を犯してきたエルサレムに住むイスラエルの家の民よ。まことに、めんどりが羽の下にひなを集めるように、わたしはあなたがたを幾度集めようとしたことか。しかし、あなたがたは応じようとしなかった。おお、わたしが命を助けたイスラエルの家よ。あなたがたが悔い改め、十分に固い決意をもってわたしに立ち返るならば、めんどりが羽の下にひなを集めるように、わたしはあなたがたを幾度も集めよう。」(3ニーファイ10:4〜6)

なんとも神の言葉とは思えない悪文ですが、モルモン・イエスは「おお」となんども感激しながら、「めんどりが羽の下にひなを集めるように」と例えで語っています。
しかし、歴史を調べれば分かることですが、コロンブス以前のアメリカ大陸には「にわとり」はいなかったのです。
闇の中の民衆には「にわとり」を例えに出されてもなんのことか全く理解できなかったでしょう。
ここにもジョセフ・スミスのたわいないというか、なんとも情けないミスが見つかるのです。

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