アデューはフランス語

 ニーファイの弟ヤコブは時間を超越してフランス語が使えたようです。ヤコブ書の末尾、ヤコブが仲間に別れを告げる箇所にフランス語が使われています。

And I, Jacob, …and to the reader I bid farewell, hoping that many of my brethren may read my words. Brethren, adieu.
                          (英文モルモン書ヤコブ 7: 27)

adieu(アデュー)は現代フランス語です。オンライン英和中辞典でadieuを引くと

フランス語 a‘to'+dieu ‘God' から; ⇒adios

 とあります。
この箇所を日本語では「同胞よ、さらば。」と訳しています。当然「アデュー」と直訳すると読者はおかしいと気付くわけで、日本語訳者もジョセフ・スミスのインチキの片棒を担いでいるのです。

この話題をぜみなーるモルモンで取り上げた時、現役モルモン教徒から以下の反論が寄せられました。
反論は以下の2点で加えられました。

  1. adieu(アデュー)があくまでも英語であると言う事。
  2. adieu(アデュー)は確かにフランスからの外来語であるが、ジョセフ・スミスが翻訳に当たって、ふさわしい訳語としてこれを感覚的に使用した。

1)については辞書の引き間違いか何かであり、論を待ちません。
2)については、「モルモン書の翻訳はジョセフ・スミスの感覚による翻訳ではなく、ウリムとトミムという『翻訳機』を用いてモルモン書を翻訳したのであるから、『翻訳機』がフランス語を表示したのであれば、それは、その箇所がフランス語でなければならない必然性があった」(たりき氏)との説得力のある意見がありました。私も「民との最後の別れの言葉に、政治的宗教的指導者であったヤコブが外来語での挨拶をするはずもなく、もっとも格式ばった最高に丁重な言葉、伝統的な表現を行うはず」と再反論を加えました。

モルモン書を研究して行くと分かる事はジョセフ・スミスは本当にお気楽に適当にこれを書いたと言うことです。そのため無数のほころびが出てきますが、それを取り繕おうと後の時代の信者たちが懸命に想像力を働かせて、時には妄想にまで陥っている様は、滑稽でもあり、気の毒でもあります。

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