改竄された教義と誓約

「教義と誓約」は最初「戒律の書」という名称で1833年に出版されています。これはジョセフ・スミスが神様からの啓示を受けそれを書き記したものです。当然、モルモン書やアブラハムの書と同様に完全な福音が載せられた書物と信じられています。ところが、現在私たちが手にする教義と誓約と1833年版とは大きな違いがあるのです。こういう話しを持ち出すと信者の皆さんは「誤字や脱字」「ちょっとした文法的なミス」などで私たちが揚げ足を取っていると反論をされるのですが、ここで取り上げるのはもっと根本的な問題です。

ここで、挙げる資料はウイリアム・ウッド師の「モルモン教とキリスト教」から引かせていただいています。

教義と誓約5章

ジョセフ・スミスの賜物は最初限定されていた

まずは、図1をご覧ください。一面添削でびっしりですね。これだけでも、おどろきです。これは、「教義と誓約」の5章なんですが、肝心の個所は4節です。
ここは和訳では、
「あなたは版を翻訳する賜物を持っている。これはわたしがあなたに授けた最初の賜物である。そしてわたしは、これによって私の目的が達せられるまで、ほかの賜物を求めてはならないと命じた。これが終わるまで、わたしはあなたにほかの賜物は授けないからである。」
とあります。ところが最初の版では、「これはわたしがあなたに授けた最初の賜物である」「これによって私の目的が達せられるまで」「これが終わるまで」などがないのです。
最初の版のままを読むと、「ジョセフは(モルモン書を)翻訳する以外の賜物は授けられていない」という内容になるのです。
どうして後からこうした書き足ししなければならなかったのでしょうか。

図1
教義と誓約18章

モルモン書の教えに不都合が生まれてきた

また、18章3(4節)(図2)には
「その中(モルモン書)には、わたしの教会とわたしの福音とわたしの岩の基についてすべてのことが記されているからである。それゆえ、あなたがわたしの福音とわたしの岩の基の上にわたしの教会を築きあげるならば、地獄の門もあなたに打ち勝つことはない。」(かっこ内はわたくしの補)
ここでも書き加えが行われています。
それは「の基」ということばと「の基の上に」という言葉です。これを入れる事によって「モルモン書がすべてを述べている」という言い方を転換できるのです。
この方針の変更は実は重要です。「モルモン書は完全ではあるが、充分ではない」ということになり、教えを付け加え、ある時には変更させることを可能にしているのです。
なぜ、このような後から調べればすぐばれるような幼稚な改竄を自らしなければならなくなったのでしょうか?
 

図2

付け加えられた異教的教義

  これらの事は、1833年の時点では聖書とモルモン書で充分であったモルモン教の教理に「それ以外のもの」を加える必要が生じたからなのです。ジョセフ・スミスは今まで以上に啓示を受け、より斬新な教えを述べなければならなくなったのです。
1833年ごろのモルモンの歴史の背景を見ると、この頃モルモンにブリガム・ヤング、ヒーバー・C・キンボールなど多数のフリーメイソンが入信しているのです。この頃からその影響を受けてモルモンは神殿での死者のためのバプテスマなどの死者のための儀式やエンダウメントなどの神秘的(魔術的)な儀式が生まれてきます。そしてこれらの儀式は聖書はもちろんモルモン書にも書かれていない特殊なものなのです。
つまり、これらの秘密の儀式を「神様からの啓示」とするためにどうしても「教義と誓約」は改竄されなければならなかったのです。
そして、この事はモルモン最大の汚点である「多妻結婚」の教義へと発展していくのです。(モルモン書では多妻結婚を否定しています)


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