ぜみなーるモルモン
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  • タイトルRe: そうでしたか・・・
    記事No: 4839 [関連記事]
    投稿日: 2014/08/13(Wed) 02:18:46
    投稿者白と黒

    感想ありがとうございます。

    〜つづき〜
    当時の私と家族の心境を書きます。

    私は訓練集会のあった週の日曜日から教会をお休みしました。
    お休みをしてわかったことが2つありました。
    1つは、私がいなくても教会はしっかりまわっていく(運営されていく)ということ。
    もう1つは、お休みをした会員の気持ちは活発な会員には理解されないということです。

    例えば私は、お休みをしてからビショップを解任してくれるよう訴え続けてきました。
    しかし解任されたのは半年後でした。
    その間面接という名の聞き取りや、会員の訪問が相次ぎました
    (教会の会員とは会いたくないと伝えていたにも関わらず)。

    家族の私への反応ですが、「腫物には触らない」といった感じでした。
    両親は「モルモン書を読んで祈りなさい」と勧めてはくれますが、
    私が教会の教義の矛盾や疑問について話すと「何も真理をわかっていない。」と
    話を切られました。

    元伴侶(今は離婚していますので)は、心配はしてくれていましたが、
    やはり私がお休みすることへの理解は難しかったように思います。
    その後二人で話し合った結果、別居することになりました。
    子どもがいましたので家から15分くらいの所にアパートを借りました。
    そして別居して3年後に正式に離婚しました。

    離婚を通して感じたことが2つあります。
    1つは、家族関係において(教会を抜いた)夫婦の繋がりこそが最も大切だ
    ということです。私の場合、元伴侶とは教会という歯車で繋がっていました。
    そこに子どもという潤滑油が加わることで、家族として機能していたように思います。
    そのため、教会という歯車がなくなった途端に夫婦の歯車がずれていき、
    最終的には離れてしまいました。

    もう1つは、大切なものは1つしか選べないということです。
    自分の魂の救いをとるか、家族をとるか。
    私は「モルモンと関わらない」という名の魂の救いを選びました。
    そのため沢山の人を傷つけ、特に子どもの心には一生消えることのない傷を残しました。
    私の選びが正しかったのか間違っていたのか、わかりません。
    はっきりしていることは、私はこの十字架を死ぬまで背負って生きていくということです。


    ■伴侶を探すにあたって教会員以外の一般の方との交際にためらいはありませんか?
     
    現在私は一般の女性と再婚しています。この経験から、
    ブラックベリーさんのお子さんが伴侶を探すに当たっては、
    教会員か一般人かではなく、「教会という歯車がなくても一緒にやっていける相手を
    見つけられるかどうか」が大切だと思います。
    ブラックベリーさんのお子さんが、良い伴侶に出会えるよう願っています。
    教会という枠を越えて愛し合える伴侶に出会えたなら、
    これに勝る幸せはないと思います。


    最後に、これを読まれている会員の方にお尋ねします。

    「あなたは教会と伴侶どちらを選びますか?」

    ある意味究極の選択かもしれません。しかしこの選択は、
    全てのモルモン夫婦の間に潜在している問題でもあります。
    もしも伴侶がお休み会員になったら。「教会に行かないでほしい」と言われた時に
    教会ではなく伴侶を選ぶことができるのか。

    夫婦の結び固めは、どちらかが教会を離れた時点で夫婦間の楔(くさび)になります。
    何故なら昇栄は夫婦単位でなされるからです。
    さらに昇栄後の世界は一夫多妻です。
    仮に伴侶が不活発になっても、自分が昇栄すれば
    他の誰かと結び固められる可能性があるのです。

    エマ・スミスはこの一夫多妻と昇栄の教義に最後まで抵抗しました。
    どう考えてもジョセフ(もしくは男性)にとって都合のいい教えでしかなかったからです。

    教会は都合の悪い情報は上手く隠します。
    そしてその情報へのアクセスも制限します。
    モルモンの教義には家族(もしくは夫婦)の繋がりを破壊する側面があることを
    是非心に留めていただけたらと思います。


    タイトル十戒 ニューバージョン
    記事No: 4838 [関連記事]
    投稿日: 2014/08/12(Tue) 00:00:38
    投稿者Sho

    ローマ法王が語る「幸福のための十戒」

    信教を強要し過ぎないと言うのが、意外な気もしましたが、
    カトリックもだんだんと変わってるし、モルモン教会も
    大雪だと安息日教会休みになったりと、変化してますが、
    ちょっと、気分が和らいだ記事だったので、
    投稿します。



    以下コピペ



    (CNN) ローマ法王フランシスコがこのほど、アルゼンチン誌のインタビューに答えて「幸せのための10カ条」を披露した。米ミドルベリー大学講師でキリストの生涯についての著書もあるジェイ・ペリーニ氏が、解説を交えてフランシスコ法王の言葉を紹介する。



    1.人を裁かない

     フランシスコ法王は同性愛に関して「自分は裁くべき立場にない」と発言している。キリストも「山上の説教」の中で、「人を裁いてはならない。自分が裁かれたくないのなら」(マタイ7章)と語った。

    2.他人のために身を捧げる

     自分のお金や時間を必要としている人に与える。よどんだ水のようにじっとしていてはならない。

    3.静かに行動する

     20世紀初頭のアルゼンチンの作家リカルド・ギラルデスの小説から引用。人は若い頃は「あらゆる場所を急流のように流れる」が、年を取るにつれて「静かに穏やかに流れる川」になる。


    4.余暇を楽しむ

     大量消費社会は耐え難い不安をもたらした。子どもたちと遊び、休息を取らなければならない。次の買収のことばかり考えて過ごしてはいけない。お金ではなく、時間をうまく使う。

    5.日曜日は家族のために

     これは十戒の一節「安息日を設けよ」(出エジプト記20章)に由来する。週に1日は心の求めに応じ、瞑想(めいそう)、礼拝、家族との生活のために充てる。

    6.若者に仕事を

     若者が健全でいるためにはシンプルな仕事が欠かせない。フランシスコ法王はインタビューの中で雇用創出を環境破壊と結び付け、良い仕事がないのは、自分たち自身や地球に対する尊敬の念が欠けているからだと指摘した。生産的な良い労働にこそ価値があり、華やかな仕事に就く必要はない。金持ちになる必要はなく、普通でいい。幸福はそこにある。良い仕事を持ち、他人のために良い仕事を創出する。

    7.自然に敬意を払う

     これは第6項にも関連する。フランシスコ法王は、「人類は無差別で横暴な自然利用によって自殺を図っているのか」と問いかける。多大な苦しみを伴わずに空気を汚したり、河川を汚染したり、樹木をむやみに伐採したりすることはできない。私たちの周りの不安や苦しみは、元をたどれば資源の不正利用に起因するのではないだろうか。私たちは自分の魂を浪費しているとも言える。



    8.悪いことはさっさと忘れる

     自分を困らせたり苛立たせたりする相手について不平を言ってはいけない。そうしたことはできるだけ早く忘れ去る。人のことを悪く言う人は自分自身がみじめになり、私たちもみじめになる。

    9.信教を強要し過ぎない

     改宗への勧誘は停滞を招くとフランシスコ法王は説く。自分はキリスト教徒だと公言したとしても、人にはそれ以前に個々の世界観がある。この教えは一見、キリストが世界への布教を促した「大宣教命令」(マタイ28章)に矛盾するように思えるが、フランシスコ法王はこの活動を緩やかに解釈し、実例による教えの方をよしとした。それがキリストの真意だったのかもしれない。

    10.平和のために働く

     フランシスコ法王は法王に就任した日からこの教えを説いてきた。エルサレムに行ってユダヤ人とパレスチナ人の連帯を働きかけ、平和のために祈り、平和のために働いた。「平和をつくる者は幸いである」というキリストの言葉そのままに。



    以上はフランシスコ法王が説いた幸福と内なる平和のための山上の説教であり、「十戒」といえる。


    タイトルそうでしたか・・・
    記事No: 4837 [関連記事]
    投稿日: 2014/08/10(Sun) 16:49:43
    投稿者ブラックベリー

    早速のお返事ありがとうございます。

    白と黒様の文章を読んで泣いてしまいました・・・
    何度も繰り返し読みましたが、その度に涙が流れ今も目が痛いです。
    貴方の御父様がそのような行動をされる方でしたら、多分家庭の中でも
    貴方は子供の頃から教会の枷を重く肩に背負わされて育ってこられたのでしょうね。
    それを思うと・・・慰めの言葉もありません・・・私の心も締め付けられるように辛いです。

    一時が万事・・・それで貴方が高校生の時にお休みしたいと告げた時、
    貴方の御父様は貴方の心の状態を聞かずにあのような言葉を言われたのですね。
    ・・・私は自分の子供達に聖句を使って注意した事や強制した事はありません。
    自分がそんな事をされたら嫌だからです。
    しかし、本当にそのような事をする教会員がいるのですね・・・
    私が子供なら間違いなくぐれます。

    白と黒様は本当に純粋な人です。
    貴方には今後も自分の心に素直に生きて欲しいです。
    教会は人の心に枷をかけ罪悪感を鎖にして締め付けます。
    そして狭い世界に閉じ込めて覚醒しないように無自覚の内にお互いを見張ります。
    貴方が精神を病む前にその場を離れた事は正しい選択だったと思います。
    私も長い教会員生活の中で精神をやられて病院送りになった方を見ました。
    ・・・特に真面目で純粋な人は要注意です。

    日本人の教会員はお茶を飲みませんが、モルモン経他を最初に日本語に訳した
    佐藤兄弟は生前「自分が日本人にお茶を飲まないよう翻訳した事は間違いだった」と
    親しい会員の方々に言っていたそうです。
    そして現在モンソン大管長の好きな飲み物はコーラで、箱買いしているとの事・・・
    ジョセフが女性にからっきし弱かった事もエマとそれで何度も夫婦喧嘩していた事も
    ちゃんとテキストやリアホナに記載して欲しいですね。

    もちろんこんな事は子供達には話していませんが、
    「なんだよ・・・正直に言ってよね(−з−)プンプン!」って感じです。
    そうであればこちらもそれなりのスタンスでまったりとやってこれたでしょうに・・・
    しかしやはり一番の被害者は二世(子孫)だと思います。

    白と黒様は自宅で善い父親であり善い夫なわけですか・・・
    ものすごく潜在能力の高い方ですね、うちの旦那に爪の垢でも煎じて飲ませたいです。
    うちの旦那は教会の責任はやりますが、家の事は全く無関心ですし、子供達からも
    嫌われています。・・・つまり外面が良いんです。

    ところで私は数年前に1つ発見をしました。
    それは教会に改宗する人は生育暦に何らかの傷があるという事です。
    例えば・・・
    ○親が離婚している
    ○家族の中の大切な人(特に親)が死亡している
    ○両親の仲が悪い
    ○家族や親族にアルコール依存やギャンブル依存の問題がある
    ○家庭の中に暖かい会話が無い(本心を話せない)
    ○周りに気をつかい天真爛漫な子供時代を過ごせなかった
    ○家族間の秘密やタブーがある

    ○経済的な問題があった
    ○家族の中に身体の弱い者や病人や障害者がいる

    特に日本のモルモン1世の場合、上から7番目までにあてはまる確立がとても高い。
    かく言う私も旦那もあてはまるわけですが・・・
    このような生育暦をもつ人は擬似家族の関係を教会に求める傾向が強いので
    多少の事が有っても会員生活は長く続くと思われます。
    また、他人から認めてもらいたい・・・絶対的なものが欲しいという欲求も強い。
    そして教会はそれら全てを満たしているわけです。

    ・・・白と黒様の御父様は幸せな愛情に包まれて子供時代を過ごされた方ですか?
    そうでないとすれば満たされない必然によって「そこ」にいるのでしょうね。
    私は自分の中の心の構造を整理出来ていたので覚醒もさらりとできました。

    長くなりすみませんでした、何かの参考になればと思い書きました。
    ■質問の答えの続き宜しくお願い致します。
    (嫌な事を思い出させてしまいますよね・・・重ねがさねすみません::)


    タイトルRe: はじめまして
    記事No: 4836 [関連記事]
    投稿日: 2014/08/10(Sun) 03:10:27
    投稿者白と黒

    ブラックベリーさんご丁寧にありがとうございます。

    教会を続けるかどうか悩まれている方のヒントになればと思い
    ずっとつぶやき続けてきました。

    確かに書き込むのには勇気がいりますよね。
    でもこのサイトは管理人さんがおられるので安心ですよ。
    そして改めて管理人さんいつもありがとうございます。
    お蔭で安心してつぶやけています(笑)

    さて質問についてですが答えられる範囲でお答えします。
    長くなりそうなので、何回かに分けて書きますね。
    できるだけ個人が特定されないように書きたいと思いますので、
    読みにくい点がありましたらご容赦ください。

    ■白と黒様が教会に対して決定的な決別の決意を抱いた時のきっかけと
    当時の貴方と家族の心境はどのような感じでしたか?

    直接的なきっかけはビショップに召された時に遡ります。
    その時ステーク会長していた父から、面接をしたいので聖餐会の前に
    夫婦で来るように言われました。
    日曜日の朝教会へ行くと、予想通りビショップに召すための面接でした。

    当時仕事も新しくなり、子どもも生まれるということで余裕のなかった私は、
    考える時間がほしいと伝えました。

    しかしステーク会長は「もう、(前ビショップの)解任の面接をしているし、
    この後の聖餐会で新しいビショップを紹介することになっている。」と言うと、
    部屋の扉を開けました。

    扉の向こうの拝堂からは開会前の前奏が流れてきました。ここで断れば
    父の顔を潰すことにもなると観念した私は「はい。」と答えることしかできません
    でした。

    ビショップに召されてからの日々は地獄でした。
    時間にかまわずかかってくる電話と面接への対応。
    平日の深夜まで続く神権指導者会。
    日曜日は朝の7時から家を出て帰ってくるのは20時をまわっていました。
    それは仕事と教会のストレスに挟まれ、家では模範的(モルモン的)な夫・父親を
    演じる毎日でした。

    時にストレスを発散するためにマスターべーションをすることもありました。
    その度に自己嫌悪にさいなまれ、自尊心はボロボロになっていきました。

    そんな状態の中、伝道会長が主催するビショプ訓練ミーティングに出席しました。
    そこで「伝道の成功しないワードのビショプの例」が挙げられました。
    その全てに私は該当しました。
    さらに「伝道が成功するためのビショプへの勧め」が伝えられました。
    これを聞いた私はもう無理だと思いました。

    召されてから自分なりに一生懸命がんばってきたつもりでした。
    それを全否定された上に、これ以上要求されても何も出てこないと思いました。

    そしてこの教会は責任や義務を名目に”求められるだけ”の場所なんだなと感じました。
    心がポキリと折れた瞬間でした。


    タイトルはじめまして
    記事No: 4835 [関連記事]
    投稿日: 2014/08/08(Fri) 22:32:39
    投稿者ブラックベリー

    管理人様、白と黒様はじめまして
    数ヶ月前より癒しの空間として立ち寄らせて頂いております。

    白と黒様のこちらのBBSでのつぶやきの数々を、とても興味深く拝読させていただきました。
    > 職場恋愛なんかも禁止なんだろうなぁ。きっと。
    今回↑の白と黒様の言葉に思わず気持ちが緩み、足跡を残す勇気が出ました。

    私は33年前に改宗し、家族で教会員生活をおくってきた姉妹です。
    大体半年程前から教会と秘密結社FMやIMの関係や本当の教会歴史を
    学んできましたが、私は白と黒様がいままで調べてきたことや考えている事
    ほぼ全てに同意致します。

    若いのにしっかりとした考えをもっておられる白と黒様は本当に偉いと思います。
    そして性格も素直かつ正直で好感がもてます。
    さて、うちの家族は私も含めて全員帰還宣教師です。
    一見帰還宣教師含有率100%の家族っていかにもモルモンチックで
    窒息しそうな感じですが我が家の中身は違います。
    家族全員(私を筆頭に;;)まったく緊張感がありません。

    現在私が心配している事はモルモン二世として成長し、伝道にも出た
    子供達の将来です。(ぶっちゃけ彼らの伴侶の事です)子供達はまだ熱いので
    伴侶を教会員の中から選ぶつもりのようですが、私はとても複雑です。
    教会員の二世には真面目な一世の親が多分もれなく付いてきます・・・。
    私の気持ちはもうあちら側には戻れないと思うので、私のような母親がいたら
    子供達の足かせになるだろうなぁ・・・と感じています。

    子供達にはまだ私がネットや図書館で得た知識は知らせていません。
    それも相当に頭が痛いところです。(ちなみに主人は笑って相手にしてくれません)
    考える事を停止して献金を行い教会を妄信している姿に私は正直
    「これが敵の目的だよな」とゾッとしました。
    50代の中年男の心を変える事に自信は無いけど、20代前半の子供達だけなら
    何とかなると思っています。(子供達は私を心底愛し信頼してくれています)
    ・・・しかし彼らがいくら頭では理解できたとしても、
    決して心は無傷では済まないでしょう・・・その事を考えると私はとても辛いです。

    2つ質問があります。
    ■白と黒様が教会に対して決定的な決別の決意を抱いた時のきっかけと
    当時の貴方と家族の心境はどのような感じでしたか?
    ■伴侶を探すにあたって教会員以外の一般の方との交際にためらいはありませんか?

    ・・・すみません、ぶしつけな質問で・・・
    ソルトレイク神殿やビジターセンターに秘密結社FMのシンボルが刻まれている事、
    例の4種類の握○がFMのそれと同じで、カーテ○越しに二人でとるポーズも同じで
    ブッシュジュニアとモンソン&故ヒンクレー大管長が4番目の握○をにこやかに
    人前で交わしている画像を見て本当に末日だなぁ・・・と恐ろしく感じる昨今です。
    (そういえば教義と誓約の中にサタンを見分けるには握手をすればわかるとの一文が
    有ったと記憶しています)

    それでは長文失礼致しました。
    毎日暑い日が続きますがどうか御身体御自愛くださいませ。


    タイトル頼天愛人
    記事No: 4834 [関連記事]
    投稿日: 2014/08/01(Fri) 23:25:05
    投稿者白と黒

    私は敬天愛人という言葉が好きです。

    自分が生かされていることに感謝し、その感謝を様々な形で
    周りに返していくこと。

    そこに「ギブ&テイク」はありません。ただただ与えるのみです。

    一方モルモンでは「頼天愛人(※造語)」です。

    昇栄するために天を頼ります。もっと戒めが守れるように、人を愛せるようにと。

    そこには「ギブ(時間・お金・労力)&テイク(昇栄)」があります。

    昇栄至上主義の前では多少の自由意志の束縛や、人を傷つける行為等も
    見逃されます。

    昇栄が目的になった時から、まさにルシフェルの思う壺になっているのです。

    なぜ「神になる(昇栄)」という教義を打ち出してしまったのでしょうか?

    その教義にこそモルモンが抱える様々問題の原因があるように思います。


    タイトルRe: 永遠と時間の両立
    記事No: 4833 [関連記事]
    投稿日: 2014/06/02(Mon) 11:11:01
    投稿者MJ

    > MJさんまさに私が申したいことそれをきちんと説明してくれました。

    そうですか?
    あなたは、私MJが書いたようなことを言いたかったのですか?

    私は、あなた超無神論者さんが

    > 私が何者なのか、デカルトの言葉を借りれば、<以下云々>

    で書いていただいたようなことを言いたかったのではありませんが?

    私が言いたかったのは、

    > あらゆる、可能性を削ぎ落とし、最後に思考が存在している、その事実だけだと。
    >

    と、思考する、その思考は<誰が>しているのか、
    と、いうこと。

    > 私が神と定義している者は am who am であり、存在している、を示しているだけである。
    >

    「存在を示しているだけだ。」と、定義しているのは<誰>なのかということ。

    > 私も神も ただ存在している。それ以上でもそれ以下でもない。
    >

    と、思考しているのは<誰>なのかということ。

    > 私が信じる者は、人が 存在している を神だと信じている
    > その神を越えた 妥当性をもって検証しえない 在るもの を信じる
    >

    「検証しえない在る者を信じている」のは<誰>なのかということ

    を、言いたかったのですが?


    タイトルRe: 永遠と時間の両立
    記事No: 4832 [関連記事]
    投稿日: 2014/06/01(Sun) 09:12:13
    投稿者超無神論者

    > > 私が神なのか人なのかそれは誰にもわかりません。
    > > これがあなたへの答えです。
    >
    > では、お答えが答えとして妥当なものなのかどうか、検証しましょう。
    >
    > この「私」が示すものは何でしょうか?
    > それが確定されなければ、「私が神なのか人なのか」それが「誰にもわからないのか、わかるのか」
    > を妥当性をもって論じることはできません。
    >
    > なので、これは答えとしては、不十分、と判定せざるを得ません。
    > あなたのお言葉をお借りすれば、
    >
    > >ふむ、答えになっておりませんな。
    >
    > と、いうことですな。

    MJさんまさに私が申したいことそれをきちんと説明してくれました。

    私が何者なのか、デカルトの言葉を借りれば、我思う、故に在り

    あらゆる、可能性を削ぎ落とし、最後に思考が存在している、その事実だけだと。

    私が神と定義している者は am who am であり、存在している、を示しているだけである。

    私も神も ただ存在している。それ以上でもそれ以下でもない。

    私が信じる者は、人が 存在している を神だと信じている
    その神を越えた 妥当性をもって検証しえない 在るもの を信じる

    妥当性を持って検証しえない 者 ふむ 答えは出ない正にその通り
    誰もわからない


    タイトルRe: 永遠と時間の両立
    記事No: 4831 [関連記事]
    投稿日: 2014/05/31(Sat) 10:07:23
    投稿者MJ

    > 私が神なのか人なのかそれは誰にもわかりません。
    > これがあなたへの答えです。

    では、お答えが答えとして妥当なものなのかどうか、検証しましょう。

    この「私」が示すものは何でしょうか?
    それが確定されなければ、「私が神なのか人なのか」それが「誰にもわからないのか、わかるのか」
    を妥当性をもって論じることはできません。

    なので、これは答えとしては、不十分、と判定せざるを得ません。
    あなたのお言葉をお借りすれば、

    >ふむ、答えになっておりませんな。

    と、いうことですな。


    タイトルRe: 永遠と時間の両立
    記事No: 4830 [関連記事]
    投稿日: 2014/05/30(Fri) 14:40:00
    投稿者超無神論者

    > >
    > > 超無神論者(人が信じる神を「超越した神」を信じる者)
    >
    > 人が信じる神を「超越した神」を信じる者が人ならば
    > 人が信じる神を「超越した神」もまた人が信じる神でありましょう。

    ふむ、答えになっておりませんな。

    者が人なのでしょうか、神なのでしょうか。
    「我れ、在りて在るもの」このものは神でしょうか?人でしょうか?
    私が神であるならば、その信じる神は超越しているでしょう。
    人であるならば、確かに同じ神を信じていることになります。

    私が神なのか人なのかそれは誰にもわかりません。

    これがあなたへの答えです。


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