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タイトルRe: モルモン教徒−モルモン=?
記事No: 4805 [関連記事]
投稿日: 2014/02/21(Fri) 22:52:48
投稿者白と黒

> 白と黒さんへ
>
> 自分からモルモンを引くと、何が残るのか。いっぱい残るものがあると思います。
> 喜び、幸せ、苦しみ、悲しみ、無常感、無力感、空虚、 マイナスの項目がいっぱい出てきましたが、
> 私はマイナスの感情の方が多いです。でも、それは見方を変えれば、自分を戒めるよい材料になっていることに気付きます。自分を知れるきっかけを作ってくれたと、感謝しています。
> 白と黒さんももうすでに分かってらっしゃるんではないかと思っています。
> 何も残らないと思っている人たちはいっぱいいると思います。
> これから私たちと同じように教会に疑問を感じて傷ついて、教会を離れようと思っている方が沢山現れるでしょう。その方々の心が解放されることを切に願います。
>
>超無神論者さんへ。
いつも丁寧なコメントありがとございます。おっしゃる通り残るものもあります。
ただその残ったものを顧みた時に、あまりに薄っぺらすぎて愕然としました。
別の言い方をするなら、自身の独善さに嫌気がさしたのだと思います。
その思いが「何も残らない」という表現に現れたのかもしれません。


タイトル伝道に出るかどうか迷われている方へ
記事No: 4803 [関連記事]
投稿日: 2014/02/20(Thu) 23:27:34
投稿者白と黒

伝道に出て得られるものは、タフさと多少のコミュニケーションスキルの向上です。
伝道に出られるだけの時間・お金・体力があるなら、自分の人生に投資しましょう。

学生さんなら、学校や専門学校に行って資格や技術を身に着けましょう。
社会人の方なら、今されている仕事続けながら、更なるキャリアアップを目指しましょう。

国税庁が昨年秋に発表した調査によると、正規労働者の平均年収は468万円で、
非正規労働者の平均年収は168万円になるそうです。300万円の差があります。
10年間で3000万円。20年間では6000万円もの収入格差が生まれます。
そしてこの格差は、今後ますます拡がっていくと思われます。

教会は何も守ってくれません。職を失っても、お金がなくなっても、自立の原則のもと
経済的な援助は受けられないと思っておいた方がいいでしょう。

あなたの人生を守ってくれるのは、神様でも教会でもありません。あなた自身です。

私ごとになりますが、私は教会を離れてから教員採用試験に合格しました。
教会に行っているときにはあれだけ受からなかった試験がすんなり通ってしまいました。
個人的には祝福(誰からの?)だと思っています(笑)。

人生の成功・不成功にモルモンの神様は関係しません。
自身の人生を、よりよくしようと努力し続けるところに道が開けていくように思います。

周りの友人や親、指導者のプレッシャーから一旦身を引いて冷静に考えましょう。
誰のための伝道ですか?

あなたの人生にとってよりよい選択ができることを切に願っています。


タイトルRe: モルモン教徒−モルモン=?
記事No: 4802 [関連記事]
投稿日: 2014/02/20(Thu) 11:56:05
投稿者超無神論者

白と黒さんへ

自分からモルモンを引くと、何が残るのか。いっぱい残るものがあると思います。
喜び、幸せ、苦しみ、悲しみ、無常感、無力感、空虚、 マイナスの項目がいっぱい出てきましたが、
私はマイナスの感情の方が多いです。でも、それは見方を変えれば、自分を戒めるよい材料になっていることに気付きます。自分を知れるきっかけを作ってくれたと、感謝しています。
白と黒さんももうすでに分かってらっしゃるんではないかと思っています。
何も残らないと思っている人たちはいっぱいいると思います。
これから私たちと同じように教会に疑問を感じて傷ついて、教会を離れようと思っている方が沢山現れるでしょう。その方々の心が解放されることを切に願います。


> 五年前から教会に行っていない二世です。
>
> 時間・お金・労力を搾取され、何よりも自尊心がすり減っていくことに耐えられず
> 教会を離れました。
>
> 先日、モルモン二世(私もですが・・・)とあった時に感じたことを書きます。
>
> それは、「モルモン教徒からモルモンをとったら何が残るのだろうか?」ということです。
>
> ちなみに私の場合ほとんど何も残りませんでした(情けない話です・・・)。
>
> つまり、モルモン教会へ行くことが目的になっている信者と、
> 逆に手段として行っている信者とでは何が違うのかということです。
>
> これは私の勝手な解釈ですが、手段として行っている信者(多分少数)は、
> モルモンを引いても残るものがある人だと思います。
>
> 一方で目的として行っている信者(大多数)は、(私を含め)モルモンを引くと、
> 残るものが少ない人なのかなと思います。
>
> そして教会に関わる問題のほとんどは、教会へ行くことが「目的」になってしまうことから
> 発生してきているように思います。


タイトルRe: 伝道について思うこと
記事No: 4801 [関連記事]
投稿日: 2014/02/20(Thu) 11:52:25
投稿者超無神論者

> 「もっといい人になりましょう。」と教会指導者はすすめます。
> はたして「いい人」はなろうとするものなのでしょうか?

いい人も悪い人もそれはその人の視点でその人が立っている地点で変わるってことが分かれば、
結果それはその人の価値観がいい人を作っている。悪人を作っている。

>
> 私の感覚では、「君っていい人」だねと言われて
> 初めて『あっ、おれっていい人なんだ…』だと思うのです。
>
> つまり「いい人」というのは目指すものではなく、
> 気がついたらなっているものなのではないでしょうか。

うんうん!

>
> 教会は常に「〜しましょう。」と求めてきます。
> ・もっとHTがんばりましょう。
> ・もっと伝道がんばりましょう。
> そして「〜しましょう。」の後ろにはいつも”義務感”が見え隠れするのです。
>
> そしてこの義務感の最たるものが伝道だと思います。
> 果たして何人の教会員が”使命(mission)をもって伝道に出るのでしょうか?
> 私の場合、恥ずかしながら”使命”もなく伝道にでました。

私も同じような感じです。
でも、私は、伝道で苦しみましが、確固たる使命は持ち合わせておりませんでしたが、
今の私にとって、価値のある経験でした。
多分伝道に出ることは脅迫に近い(感じていないと思うが)、多くの人が義務感自体に気付かずにいるのでしょう。

>
> モルモン教会は”責任”と”義務”で形作られています。
> そこにはクリスチャンにとって最も大切な”使命”が欠如しているように思います。
> 使命の欠如した教会は非人間的です。
>
> もし義務感から伝道に出ようと思われている方がおられるなら、
> もう一度考え直しましょう。
>
> 伝道は”mission”です。

人は色々な視点を持っていて、その自分の眼鏡で外界を見てしまって、
他人を判断してしまう人間なんですよね。
そしてその他人の判断価値観に、呑まれて、流されてしまうんです。
その状態が、義務感。

最後に言いますが、心から使命を感じていても、義務感からでも、どちらでも、試練の時でしょう。さまざまな苦難が待ち構えています。
義務感での場合は、その時を生きていないので、伝道が終わった後も、その苦難は続きます。使命感で伝道に出た人の話を聞くたびに、心が痛みます。記憶から消したくなるでしょう。
しかし、不必要な苦難も、苦しみも悲しみなどないことも知ることができるでしょう。10年後20年後30年後?いつになるかわかりませんが。
大切なのは義務感であろうが、使命を感じていようが、その自分が選択するその選択の責任を取るのは自分であるということその実を摘み取るのはあなた自身であるということ、
でもその苦い実をあなたが覚悟して、全部食べた場合、大いなる宝が待ち受けているでしょう。
これは、モルモンでは教えない奥義です。

だから、どちらの選択でも問題はないのです。自由に選択して、その実を責任を持って頂いてください。


タイトル伝道について思うこと
記事No: 4800 [関連記事]
投稿日: 2014/02/19(Wed) 22:49:05
投稿者白と黒

「もっといい人になりましょう。」と教会指導者はすすめます。
はたして「いい人」はなろうとするものなのでしょうか?

私の感覚では、「君っていい人」だねと言われて
初めて『あっ、おれっていい人なんだ…』だと思うのです。

つまり「いい人」というのは目指すものではなく、
気がついたらなっているものなのではないでしょうか。

教会は常に「〜しましょう。」と求めてきます。
・もっとHTがんばりましょう。
・もっと伝道がんばりましょう。
そして「〜しましょう。」の後ろにはいつも”義務感”が見え隠れするのです。

そしてこの義務感の最たるものが伝道だと思います。
果たして何人の教会員が”使命(mission)をもって伝道に出るのでしょうか?
私の場合、恥ずかしながら”使命”もなく伝道にでました。

モルモン教会は”責任”と”義務”で形作られています。
そこにはクリスチャンにとって最も大切な”使命”が欠如しているように思います。
使命の欠如した教会は非人間的です。

もし義務感から伝道に出ようと思われている方がおられるなら、
もう一度考え直しましょう。

伝道は”mission”です。


タイトルRe: 禁欲について思うこと
記事No: 4799 [関連記事]
投稿日: 2014/02/19(Wed) 12:10:16
投稿者超無神論者

白と黒さん

白と黒さんのコメントにかぶせるようにコメントしてごめんなさい。
私は正論をズバッと言ってしまうので注意したいと思います。

禁欲で悩んでいる伝道志願者の方については、
どちらを選んでも苦しむことに変わりはないでしょうね。
苦しむことが解放へ向かうのですから、どんな道を選んでも、問題はないのでしょう。
良い結果があっても、内在する欲望の強さは変わることがない。
悪い結果が帰っくる、負の苦しみを味わうでしょう。
大切なのはその人が心からそれを選択したいか、義務からなのか、
義務からであるなら、適当に答えて、伝道にでればよい。
心から出たくて、その罪悪感があるのなら、それと今戦えばよい。
それだけだと、私はシンプルに考えます。

禁欲についてですが、
性欲であろうが、情欲であろうが、それは男女にその強さに差は
ありますが、存在していることは確かなことです。
私はジョセフスミスや、ブリガムヤングなどの初期のモルモンの預言者は
自分たちの情欲や性欲を神の名のもとで、乱用したと理解しています。

ここで大切になるのが、ジョセフスミスやブリガムヤングが間違っていたということに
焦点を当てるのではなく、私たち皆に欲望があって、皆が同じ立場になれば、
そうする可能性があって、彼らは人間であり神からの啓示があってしたのではないことは
明らかだと思います。

少し私たちも次元を上げて、彼らの愚行を冷静に見てみれば、そのまま彼らの行いは
私たちの鏡になっていることに気付きます。

人間に与えられた欲望であり、それが喜びでもあり、また、使い方を間違えば、
苦しみになります。それは誰でも体験的に分かっていることだと思います。
すべて節度を持って用いなさい。(私はちゃんと節度を持って、その能力欲望を使っているつもりです。)
常に自分を監視できる客観的な心を持ちたいものです。

その力を封印することにより、結局は違う力となって外に現れるのだと思います。
暴力、敵対心、猜疑心、女性をものとしてより一層捉えていくようになる。
性犯罪、痴漢、強姦などは、抑制された心から出てくるものではないでしょうか。
人からあらゆる経験を奪うための人の悪知恵だとおもうのです。

だから、自由にその力を使えばいいのだと思います。ただただ節度を忘れずに!

これは持論ですので、自由な論議を期待します。

by 超無神論者


るうさんへ、いつもアップをしていただいてありがとうございます。
ここでの発言を許していただき感謝しています。
私も自分を探している最中です。他者を変えようと発言しているのではなくて、
自己確認の側面があります。自分に言い聞かせている段階です。
きつめの正論が出てくるかもしれませんが、その時はご指摘ください。
では、

> るうさん、投稿内容の管理ありがとうございます。申し訳ありませんが、
> こちらの方のアップをお願いしますm(. . )m
>
> 禁欲(ここでは情欲)について思うことを書きます。
> 「情欲の思いをもって女を見る者は、心の中で姦淫を犯したのである。」
> 有名なキリストの言葉です。
> 「思うことも罪になるんだ・・・」と途方に暮れたのを覚えています。
> モルモンに限らずクリスチャンにとって禁欲は、大きなチャレンジなのかもしれません。
> しかし一つ救いだったのは、キリストは「性欲」は禁じていないということでした。
>
> 一方で、この禁欲に関する制限を、ものの見事に出し抜いた人物がいます。
> ジョセフ・スミスです。
> 彼は一夫多妻制という方法を使って、(わかっているだけで)66名の女性を妻にしていました。
> 記録によると、気に入った女性(既婚者にも)には手当り次第に声をかけていたようです。
> もちろん子孫を残すために「性欲」は大切ですが、
> ジョセフのそれは、「情欲」に近かったのではないかと想像しています。
>
> この「性欲」と「情欲」の境目は極めて曖昧です。
> 辞書には共通の意味として「男女間の肉体的な欲望」とあります。
> ただ情欲の方には「誰もがもっている世俗的な欲望」ともあります。
> この辺りに両者の違いがあるのかもしれません。


タイトル禁欲について思うこと
記事No: 4796 [関連記事]
投稿日: 2014/02/17(Mon) 22:45:24
投稿者白と黒

るうさん、投稿内容の管理ありがとうございます。申し訳ありませんが、
こちらの方のアップをお願いしますm(. . )m

禁欲(ここでは情欲)について思うことを書きます。
「情欲の思いをもって女を見る者は、心の中で姦淫を犯したのである。」
有名なキリストの言葉です。
「思うことも罪になるんだ・・・」と途方に暮れたのを覚えています。
モルモンに限らずクリスチャンにとって禁欲は、大きなチャレンジなのかもしれません。
しかし一つ救いだったのは、キリストは「性欲」は禁じていないということでした。

一方で、この禁欲に関する制限を、ものの見事に出し抜いた人物がいます。
ジョセフ・スミスです。
彼は一夫多妻制という方法を使って、(わかっているだけで)66名の女性を妻にしていました。
記録によると、気に入った女性(既婚者にも)には手当り次第に声をかけていたようです。
もちろん子孫を残すために「性欲」は大切ですが、
ジョセフのそれは、「情欲」に近かったのではないかと想像しています。

この「性欲」と「情欲」の境目は極めて曖昧です。
辞書には共通の意味として「男女間の肉体的な欲望」とあります。
ただ情欲の方には「誰もがもっている世俗的な欲望」ともあります。
この辺りに両者の違いがあるのかもしれません。


タイトルRe: 宣教師って
記事No: 4794 [関連記事]
投稿日: 2014/02/17(Mon) 14:13:13
投稿者超無神論者

心から自分自身が伝道に出たいと思っていますか?
みんな伝道に出るから?、両親が行きなさいとずっと教えてきたからですか?
義務感からですか?

基本的なことを言いますが、伝道は完全禁欲を完璧にできる人だけが
行くことができます。少なくとも、伝道以前に禁欲を出来なかった人は、
必ず、告白をして、禁欲出来る様になってから、出ないといけません。

年をとると、性欲をコントロールすることが容易になります。完璧ではありませんがね。
10代のときのように性欲をコントロールしにくい時期に伝道に出るというのはとても
勇気を必要としますし、忍耐が必要です。

私はモルモンが唯一の教会だとは信じなくなったモルモン2世ですが、
この世には原則やルールがあり、それは、どの道においても、道徳的で、
正しい道を選ばないと、いい結果は帰ってこないということです。

自分の心の底から伝道に出たいと思うなら、
伝道に出るルールに従い、一時の恥を忍び、正しい道を選んでください。

by 超無神論者 (人の信じる神を”超越した神”を信じる者)

> 伝道経験ある男性に質問です。
> 本当に2年間一度も禁欲を破った事がありませんか?
> やはり禁欲を絶対守る決意をしないと伝道に出てはいけませんか?
> 変な質問ですみません。
> 監督にも聞きづらくて1人で悩んで焦っています。


タイトルRe: モルモン教徒−モルモン=?
記事No: 4792 [関連記事]
投稿日: 2014/02/17(Mon) 13:14:40
投稿者超無神論者

私も一昨年から教会から離れた2世です。
私の家族全員活発です。私と妻だけ不活発になりました。
ずっと、教会員の在り方に疑問を持っていました。
大多数の教会員の方々は善良な人たちだとは思っています。
しかし、みな自分が一番救われたいのです。(自分もそう思っていました)
自分が一番救われたいと思っていることに自分が気づき、
周りを見てみると、競争があり、信仰が強い、御霊の感受性が高いなど、
また、神からの祝福には物質的なものも含まれ、二元的に物事を考えます。
悪と聖、愛と憎悪、富める者と貧しいもの、地位のあるものとないもの。

なので、教会員として続けていくには、エゴが必要です。
自分さえよければよいのです。自分が救われれば、それでよいのです。
人を救う目的は自分が救われるためなのですから。
人を売って、自分が救われるんです。
まったくのエゴ集団だと思います。

そしてそのエゴに自分から気付いて、心を痛める人たちがいます。
その人たちに言いたいと思います。あなたは間違っていません。
そのエゴに気付いたのですから、あなたの心の中の本当の自分が
気付かせてくれたのですよ!
決して自分を責めないでください。あなたのことはあなたしか赦せないのですから、
自分を赦せるなら、他人も赦すことができます。

by 超無神論者 (人が信じる神を”超越する神”を信じている者)


> 五年前から教会に行っていない二世です。
>
> 時間・お金・労力を搾取され、何よりも自尊心がすり減っていくことに耐えられず
> 教会を離れました。
>
> 先日、モルモン二世(私もですが・・・)とあった時に感じたことを書きます。
>
> それは、「モルモン教徒からモルモンをとったら何が残るのだろうか?」ということです。
>
> ちなみに私の場合ほとんど何も残りませんでした(情けない話です・・・)。
>
> つまり、モルモン教会へ行くことが目的になっている信者と、
> 逆に手段として行っている信者とでは何が違うのかということです。
>
> これは私の勝手な解釈ですが、手段として行っている信者(多分少数)は、
> モルモンを引いても残るものがある人だと思います。
>
> 一方で目的として行っている信者(大多数)は、(私を含め)モルモンを引くと、
> 残るものが少ない人なのかなと思います。
>
> そして教会に関わる問題のほとんどは、教会へ行くことが「目的」になってしまうことから
> 発生してきているように思います。


タイトルRe: 安息日に教会はおやすみ
記事No: 4790 [関連記事]
投稿日: 2014/02/16(Sun) 17:14:14
投稿者Sho

先週に引き続き、所沢ワードは雪のため、安息日も教会閉めるそうです。
他のワードはあいてるそうです。

教義も時代とともに変わる。

先週の安息日中止は、教会へ行く途中、事故にあった時の責任を負いたくないという
ステーキの方針だったようです。


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