常識で読むアブラハムの書

 

 アブラハムの書はエジプトの死者の書である

 1835年の夏、マイケル・チャンドラーなる人物がエジプトのミイラ四体とパピルスをジョセフ・スミスの元にもってきました。彼はジョセフがモルモン書という古代エジプト語で書かれたものを翻訳したという事を聞きつけてきたのです。ジョセフはこのパピルスを見てひとつはアブラハムが書いたもの。もうひとつはヤコブの子ヨセフが書いたものであると言い、このパピルスの翻訳にとりかかったのです。
ところで奇しくもこの十数年前(1822年)、J.F シャンポリオンがロゼッタ・ストーンの解読に成功していました。そして、この3年前(1832年)に42歳の若さで死去しています。彼の兄によって遺稿をまとめた「エジプト語文法」と「エジプト語辞典」が出版されたのは2年後の1837年の事でした。
真実であれば、歴史的にも一大発見となるこの書はどう言うわけか1844年まで、出版されませんでした。
一説に寄るとこの翻訳の折りにジョセフはみずからの著作「エジプト語のアルファベットと文法」を使ったと言います。そうなると、この著作はシャンポリオンのそれと将に双璧をなす大センセーションになり、預言者ジョセフ・スミスの名とともに、いやそれ以上に偉大な歴史学者としてのジョセフの名を築くことになったはずです。しかし、どうゆうわけかこの本はモルモン教会によって発禁になっています。どうして、この輝かしい栄光をスポイルするような真似を教会はするのでしょうか?
それもそのはずです。この「エジプト語のアルファベットと文法」の内容は全くのでたらめとエジプト語の学者は断定しているからです。しかし、ジョセフがこの本に寄らず霊感に寄って翻訳を行ったという説の方が現在では主流になっているようです。
横道にそれましたが、このパピルスはジョセフの死後売却され(どうしてこんな大切なものを売ったのか?)シカゴの大火で焼失したと言われていましたが、奇しくもメトロポリタン美術館に保管されていたのです。そして、1967年にモルモン教会に返還されています。
このブランクの間に古代エジプト語に対する研究は目覚しい進歩を遂げていました。そして多くの研究者がこのパピルスを読みそして、全員が「ジョセフの書いた『アブラハムの書』とは全く違う内容である」と断定しています。
アブラハムの書とされるパピルスは本当はエジプトの死者の書の一部であるとはすでに常識です。現在日本語訳でも立派な研究書が手に入ります。私の手元にも「死者の書(古代エジプトの遺産パピルス)」(社会思想社1986年)があります。この本は大英博物館に保存されている「アニの死者の書」を現代技術でパピルスごと復元したものです。アニというのはエジプトの書記官だった人だそうで当時とすれば、結構な高い身分の方だったようです。
では、この本とアブラハムの書の挿し絵とを比較しつつ本当の所を見ていきましょう。


アブラハムの書挿し絵

こちらはアブラハムの書(36ページ)の挿し絵です。アブラハムとされる人物が寝かされているベッドの下に四つの偶像があります。
ジョセフ訳に寄れば左から「コラシ」「マーマクラ」「リブナ」「エルケナ」となっています。さて、「死者の書」でこれらの神の名前を調べると、これらの四つの本当の名前は以下のようになるのです。
左から(図2参照)
「イムスティ」→ミイラの内臓をいれるカノプス壷をまもる四精霊の一神で(略)人間 の姿をし南をつかさどります。
「ハーピ」→カノプス壷の四精霊の一つで(略)犬の頭を持ち北方をつかさどり(略)
「ドゥアムウテフ」→カノプス壷の四精霊の一つで(略)金狼犬(ジャッカル)の頭をした(略)
「ケブフセンヌフ」→カノプス壷の四精霊の一つで、鷹の頭の姿をしています(略)
カノプス壺の写真はこちら!

図1アブラハムの書挿し絵
この壷の四神の名称が違っているという事だけで、ジョセフのパピルス翻訳、すなわちアブラハムの書がインチキであるという事がじゅうぶん立証できると思うのですが、いかがでしょう。
また、この図は元のパピルス(図3)にかなりの描き加えを行っていることも分かります。
図2「死者の書」より

アブラハムの書元の図

立っている人の頭部が欠落しています。ここをアブラハムの書は生け贄を捧げる「神官」として、黒人とおぼしき姿が描き加えられています。これは初期モルモン教の黒人観を示すものとして大変興味深いのですが、それはまた、別項で述べるとして、死者の書ではここはアヌビス神(ジャッカルの頭を持つ死者の守り神)が描かれているはずなのです。死者をミイラにする儀式を行う時、このジャッカルの仮面をかぶって手術を行った事は知られています。
なぜ、こうした描き込みをしなければならなかったんでしょうか?
こうした描き足しも「霊感によるもの」だったとでも言うのでしょうか?
図3元のパピルス

アニのパピルス裁きの場

それから図4と図5を見比べていただきたいのですが、左右が逆ですがこの「死者の書」の図と「アブラハムの書」の挿し絵とは大変によく似ています。
これは死者(アニ)が神オシリスに死後の審判を受ける姿が描かれている所なのです。オシリスの後ろにはその妹であり妻であるイシスとその友人ネプテュスが、また、アニを案内するものとして神ホルスが描かれています。
さて、「アブラハムの書」の方ですが、ここはアブラハムがエジプトの王パロに天文の原理を説いている図とされています。この天文観がまたとんでもないものなのですが・・・。もうお分かりと思いますが、これはパピルスの主の審判の時の姿を描いているのので、決して「天文問答」などではありません。
念のためアブラハムの書と名称を擦りあわせていくと「アブラハム」とされているものが本当は「オシリス」・「パロ」が「イシス」・「オリムラ(王の奴隷)」が「ホルス」となります。審判を受けるものが「アブラハム書」ではふたりともみえますが、これは本来このパピルスが夫婦の埋葬のために書かれたためなのでしょう。
図4死者の書より
アブラハムの書天文解説
図5アブラハムの書の挿し絵  

アブラハムの書天空の図

図6に関するジョセフ・スミスの解説はこうです。

「その(コロブなる天体の)力は十五の他の恒星または星を支配し 、年々の回転においてフロイースすなわち月、地球および太陽をも 支配す。この星は、22および23の図によって表され、又コロブの回 転によって光を受くる星なるくり・フロス・イス・エスまたはハ・ コ・カウ・ビームなる星のなかだちによりてその力を受く」
とまあ一体なにが言いたいのかわからない文章ですが、わたしが施 した赤枠部分は天体を表しているようです。 では、実体はどうなのでしょうか?
この枠内で左右にいるのは見えるそのまま「猿(正確にはヒヒ)」の図なのです。図7はルクソール、セ ンネジェムの墓にある来世の楽園「イアル野」を描いた壁画です。 真中に太陽神ラーが描かれその両脇に「ヒヒ」が描かれています。 一見してお分かりと思いますが図2の中心部分はは挿絵の青枠に酷似しています。 これは太陽神ラーの姿なのです。 ヒヒの手つきは手をかざす姿勢でこれは古代エジプトでは礼拝のポ ーズなのです。ヒヒは太陽に向かって手をかざす事から太陽神の使 いと信じられていたのです。 この挿絵はややこしい天文物語ではなく当時のエジプト では至極当たり前に信じられていた楽園観にすぎないのです。
また、図の┐鬚翰下さい。
これは大英博物館が所蔵するものです。一見してアブラハムの書の挿絵と同じ内容であるとご理解いただけるでしょう。これがなにものかはわたしが述べるよりも図の解説をご覧いただくのがなによりでしょう。


図6アブラハムの書の挿絵
遺跡の写真
図7ルクソール、セ ンネジェムの墓壁画

ヒュポケファルス

ヒュポケファルス(ミイラの頭敷)

プトレマイオス朝時代 前305〜前30年
石膏、亜麻布 直径14cm

「ラーの頭の下に炎を置くよう私にもしてください」と、頭を温めるための 呪文を唱えながら、ミイラの頭を枕に のせるときに敷いた、葬祭用の護符の 一種。カルトナージュ製の円盤の上に パピルスをつけたもので、「死者の書」 呪文162と挿絵が描かれている。アメン・ラー神のバアを礼拝するヒヒ、舟に乗ったソカル神とラー・ホルアクテイ神、 背の高い羽根と太陽円鮭をつけた雌牛と、ホルスの4人の息子が描かれている。
(図と文章は『永遠のエジプト』朝日グラフ別冊より)

図8 ヒュポケファルス

 


手元の日本語の資料でざっと調べただけでこれだけのおかしなところが発見されるのです。いったいこの「アブラハムの書」ってなんなのでしょう?これは宗教の経典などというものではなくて、たんなる「偽書」「インチキ本」です。こんなものを信じていていいのでしょうか?


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